海嘯 著:田中芳樹
「天よ! 蒼天よ! 何ぞかくまで無情なるや」
皇名月の手による文天祥の表紙に、この文句。(本文よりの抜粋ですが)
即!
でしたね、 即買い。
(コレ買ってたせいで大学の試験遅刻しましたよ。マジで。)

ベタといえばベタですが、私は文天祥が大好きな人間です。
で、この本の著者・田中芳樹もどうやら、相当な文天祥贔屓な方のようなんですが、
本書の後記で
「彼(文天祥)ひとりを突出させるような記述は避けるよう務めた。」
と書いているのですが、いやいや、やっぱり文天祥に心酔して書かれているなぁ
と、作品のあちらこちらから感じとれてしまいましたよ。

「天下に宰相たるの大器と申せば、北に耶律楚材、南に文天祥でございましょう」
バヤンをもってここまで言わせてしまうとは。
わりと文天祥は『名の売れ方と事跡に食い違いがある。』って意見を良く聞きます。
う〜ん、そうですね。朝廷入りして政治に辣腕を振るったわけでもなければ、華々しい
武勲を戦場であげたわけでもありませんから。
やっぱり、その生き方。そして死に方が多くの人(私含む)の心を揺り動かしてきている
のではないでしょうか。


いやもちろん他にもイカした人物は大勢います。
李庭芝&姜才の揚州・守城の名将コンビ。
『「宋の右丞相・李庭芝は、賊軍に屈せずして死んだ、と後代の忠臣義士たちに
伝えよ!」』

忠勇苛烈な将軍・蘇劉義
『むろん蘇劉義は自分が張世傑におよばぬ存在であることを自覚している。
だが、自分があきらめてしまったら、張世傑の志を継ぐ者は地上から消え去る。
生きて在るかぎり、フビライ汗と元軍にさからいつづけるものがひとりふたりいても
よいであろう。』

そして、庸才誤国と評された陳宜中
『「名声は死者のものだ」陳宜中は心につぶやいた。彼に名声を求める資格はない。
これからも生きつづけ、死者の名声を伝えることだけが、彼に許されることであった。』
彼に対し著者は
「人間誰しも文天祥のような偉人になれるわけではない。
追われる恐怖と降伏の誘惑とに耐えながら、死ぬまで元軍から逃げまわっていた無能で
臆病な宰相の心情は、どのようなものであっただろうか。」
と自問しています。



岳飛伝 著:田中芳樹
“中国史上最高の英雄 岳飛見参”のキャッチコピーとともに、田中芳樹氏が本邦
初訳を成したのが本作です。
その評判は、まぁ色々と聞きますが、私は好きですよコレ。

時代は北宋の滅亡から南宋の復興の時で、北方からの侵攻軍・金国と、それを
防いで闘った岳飛と「岳家軍」のお話です。
この岳家軍の成立がちょっと水滸伝風で、聖人君子のような岳飛のもとにその名声を
慕って英雄・豪傑が集い、皆義兄弟となっていくわけです。

時代が時代なので、水滸伝の好漢たちの子供なんかも出てきます。(一部の水滸伝の
好漢も出てきますが、扱いはあまり良くありません。呼延灼なんかは・・・。)
他にも「楊家将演義の主人公の子孫・楊再興なんて人物も出てきます。(この人物は
伊谷のお気に入りです、カッコ良いんですよね。)
そして岳飛が表の主人公なら、その義兄弟・牛皐は裏の主人公。
岳飛がタテマエの主人公なら、ホンネの主人公・牛皐と訳者も言うくらい気持ちよく
暴れまわってくれます。
(三国志の張飛、水滸伝の李逵的役ドコロですね。)

伊谷の一番のお気に入りはというと、岳家軍イチの良識派・湯懐(楊再興は二番です)。
岳飛の最古参の義兄弟の一人で、周囲に流されずに常に冷静な意見を出すクールな
人物です。(その死に方も超カッコ良いです。泣ける!)

ひとつ思ったこと。
表紙イラストは皇名月さん。
一巻は岳飛・二巻が兀朮(ウジュ)・三巻は韓世忠、梁紅玉夫妻・四巻は牛皐と
描かれているのですが、私としては三巻は韓・梁よりも秦檜の方が良いかなと思いました。
韓・梁も活躍しているんですが、やっぱり岳飛の物語には秦檜が必要かなと。
バックは大蛇とかで。
あるいは岳家軍の主要幹部数名(岳雲・張憲・王貴・湯懐・張顕とか)でも良かったかも。

あと、全巻購入キャンペーンの収納ボックスが当りました。
皇名月さん描き下ろしの岳飛イラスト入り。
超嬉しかったです。



奔流 著:田中芳樹
自ら「余人の目があまり向いていない時代と人物を掘り起こしていきたい」と言って
らっしゃいます、田中芳樹氏の手による本作。
その舞台は 六世紀初頭の中国、北に魏国・南に梁国の並び立ついわゆる
南北朝時代です。
正直、伊谷はこの時代の予備知識をほとんど持たずに(無知なだけですが)
本作を読みましたので、作者が作った主要人物の(ある程度正史からの印象を
固めたモノと思われる)人物像にすっかりハマッてしまいました。

●人が善くて色恋沙汰にはからっきしな若き用兵の天才・陳慶之
●好色ながらも憎めない人柄、抜群の武勇を誇る・曹景宗
●儒服をまとい、輿に乗り、悠々と軍を指揮する無敵の老将・韋叡
という、梁軍の三人の武将に加え、
仏教を信奉するおだやかな豪傑・趙草、生粋の武人と言った風な昌義之、
対する魏軍には、文武・人品に優れた皇族の中山王元英、
膂力衆に秀で神がかり的な武勇を誇る楊大眼とその妻にして優秀な軍人の潘宝珠。
そして、伊谷イチバンのお気に入りの蕭宝寅。斉国(梁国の先代の南朝)の皇族で
梁国を簒奪者の国として激しく憎み、打倒梁国を胸に魏国に仕えている人物です。

これらの人物に加え、悲運の物語として広く知られる「梁山伯と祝英台」の二人が
登場します。(この二人に関してはあんまり書くとネタバレになりますので控えて
おきますが)

本作を読んだ後に問題がひとつ。
新しい時代を知ってしまうと、その時代の知識をドンドン欲してしまう伊谷にとって、
あまりにマイナーな時代の作品は、読書後のその知識吸収の術が無くて困ってしまうの
です。



蘭陵王 著:田中芳樹
「中国史に輝く仮面の貴公子 その若き将軍は美しすぎる顔を隠すために仮面をつけて
戦場を疾駆した」
というのが本書の帯に書かれたコピーです。

蘭陵王、姓名は高長恭。
6世紀後半の中国は大陸の北東に斉、西方に周、南東に陳という三国が鼎立している時
代でした。
蘭陵王はその中の斉の皇族たる人物。
本書はタイトル通りその蘭陵王を主人公とした物語です。
蘭陵王の生涯を描きながら主要な戦いと、王朝の衰亡が語られています。
二章ぐらいまではちょっと物足りないかなと思ってたんですが、中盤から後半に向かって
どんどん面白くなっていきました。物語として一冊できれいにまとまっているなと感じました。

ただ月琴が登場して父とやりとりするくだりはライトノベルを読んでるかのような錯覚を覚
えましたよ(笑) ちょっとコミカルすぎかな、と。

しかしただ蘭陵王の活躍や生涯を描いただけでなく、同時代の人物たちも個性立てて描
かれており、他の登場人物のエピソードとか挿し込まれてるのを読むのも面白かったです。
同作者の短編で過去に書かれていた蕭摩訶とかも出てきますしね。
あと詳しくは書きませんが、顔之推のご先祖様話とかも面白かったです。

しかしコレ一度読んだだけでは斉の高氏の名前とか王名とかとても覚えられませんね。
ややこしい・・・。