小説十八史略 著:陳舜臣
中学2年のときに「横山光輝 三国志」で歴史にハマって以来、ず〜っと三国志一筋で
三国志モノの本ばかり(「項羽と劉邦」を少し読んでたけど)読んでいたのですが、何故か
急に他の時代も読んでみたくなった時に、古本屋で見つけ全巻まとめて購入し読み漁った
本です。

神話時代から宋の滅亡までが書かれています。
で、小説形式で書かれているわけで楽しみながら、かつ解り易く読めるわけです。
そりゃもうなが〜い歴史がえがかれているのですから、登場人物も沢山出てくるわけですが
主要な人物はちゃんとキャラが立っていますので読み易いですね。

ただ、陳先生はもともとミステリー物の作家でしたので、歴史物をお書きになられてからも
多分に謎解き的な要素を盛り込まれていることもあるわけで、また闇同盟とか八百長の
戦争など独自の解釈もいれておられるので、これだけを読んで、歴史を勉強し尽くそうと
するのはダメダメです。お気をつけ下さい。

自分にとってこの本はやっぱり基本になっているので、何度も読みましたし今でも読み返して
います。
この本に出会わずして、今の自分は無いといえる一冊ですね。
かなりのお薦め度です。 未読の方はどうぞ。



秘本三国志 著:陳舜臣
はっきり言って、初めてこの本を読んだ当時受けた感想は「??」でしたね。
特に前半部分、太平道・五斗米道に匈奴や白波族、さらには白馬寺の仏教徒月氏族まで、
『演義』ではカゲの薄い集団を中心に話が進んでいく上、やっと登場したと思ったら劉備は
花嫁泥棒の親分さん。
『正史』をほとんど知らなかった当時の自分には、まだ早かった一冊でした。
英雄・関羽は最後には精神崩壊に陥るし・・・。

で、数年後(比較的最近)読み返しましたが、いや面白い!
特にサク融のくだりがいいです。どうも陳先生はこのエセ仏教徒・サク融が割とお気に入り
のようで(確かに歴史事業的に見ても、もうちょっと名が高まっててもいいかも)別の著書
「三国志と中国」という本の中でも、サク融の事を語っておられました。 当時の危険勢力
として作中で「北の呂布、南のサク融」と並び称されていたのが印象的でした。

「チンギス・ハーンの一族」でも同じ事が言えるのですが、陳先生の作品には割と第三者的
立場から時代を見ている人物が出ており、今作と「チンギス〜」は共通して女性(「秘本三国
志」では張魯の母少容)で、揃って美しいまま長生きしています。
あと両者とも敬謙な宗教徒でもあります。

一時、ネット上の某掲示板で「蒼天航路」はこの「秘本三国志」をベースにしているのでは?
みたいなネタで論争が起こってましたが、ぶっちゃけて自分も少し同じことを考えたことはあり
ましたが、どちらも正史を下敷きにしてる訳ですしおかしくもないかな、と最近は思ってます。

この作品の中で好きなところは、各章毎の終わりに「作者曰く〜」で書かれているコラムです
ね。
後日談や、正史の紹介や物語の解説、微妙な時代背景の説明と、この部分だけでも大変
勉強になります。
もちろん作中にもミニ情報が多く『当時流行のヘアースタイル堕馬髻(ダバキツ)とは〜』とか
「皇帝六璽とは〜」など結構ためになりますよ。

ただ、やっぱりミステリータッチなノリが多く、必ず二勢力以上と地下同盟を結んでいる
超保身派劉備や、八百長だらけの戦争はさすがにある程度で飽きがきます。



チンギス・ハーンの一族 著:陳舜臣
『中国の通史を書こうとする人は、「元」のところで足踏みするのがふつうである。
チンギス・ハーンが登場するあたりから、歴史は、もはや「中国史」を超えてしまうから
なのだ。』

本書第四巻のあとがきで、著者の第一筆目がこう書かれています。
中国の歴史においては、北方騎馬民族に蹂躙され、ひときわ異彩を放っている
宋〜元代ですが、モンゴルからすれば華やかな中国(宋・金)王朝と言っても、西方の
文化圏に初期から触れていた為に際立って中華文明に傾倒することはなかったのです。
(フビライは別として)

で、本作ですが全四巻にわたって太祖チンギスから世祖フビライ、そしてモンゴル帝国
から派生して生まれた皇族国(イル汗、キプチャク汗国等)の末路まで、書かれています。
フビライの死後は一気にダイジェスト風に流れていますが。
しかし、この四冊を読めばかなりモンゴル史のみならず、当時の大陸情勢に対する理解も
深まるのではないかと思われます。
無論、次々と登場するチンギスの子や孫、曾孫たちも覚えることが出来れば言う事
なしですが。(私には無理でした)
あと、一章毎に草原の視点からと周辺の国家・宗教からと多角的に進む展開はちょっと
面白かったですね。

私は結構「ジャムハ贔屓」だと自覚しているのですが、本作ではその死が比較的
簡潔にえがかれていたので少し物足らなさを感じたのですが、どうやらジュワイニーの
手による『世界征服者の歴史』では“ジャムハは1220年にボハラで死んだ”という
記述があるのみで、またラシード・ウッディーンの『集史』にいたってはその死にまったく
触れていないのだということです。
どうやらそのあたりの資料から考慮して、著者はジャムハの死を敢えて軽く扱ったものと
思われます。(歴史的資料性の低さで有名な『元朝秘史』では、なんともドラマティックに
この場面は記されてます。因みに)

最後に、やはりあとがきから

この作品の基本的な流れは「興隆」であって、フビライ以降は、異なったものなので、
元末は簡述するにとどめた。
『チンギス・ハーンの一族』は、モンゴルが力強いうちに幕を下ろすほうがふさわしい。



曹操 魏の曹一族 著:陳舜臣
「諸葛孔明」に続く、陳舜臣先生による三国志英雄シリーズ第二弾。
後漢書・魏書などの“正史”をベースに曹操の実像を描き求めた一作です。
タイトル通り曹操や、その息子の曹丕や曹植、そしてその夫人たちが主要登場人物に
なってまして、曹操の家臣団はほとんど出てきません。
むしろ、曹操に嫌われた人物の方が出番が多いです(孔融とか)。

陳先生の作品らしく、正史を掘り下げて今までの三国志モノではあまり(というかほとんど)
語られていなかった事跡がいくつも取り上げられています。
また、仏教や道教の集団へのスポットが強いのもいつもながらですね。

ただですね、あとコレはもう個人の好みというか感覚的なものになってくると思うん
ですが、私としてはこの作品は全体に少し読みづらい印象を受けました。
なんというか、小説としてはちょっと仕上がり切ってない気がしたんですよね。
半分小説、半分歴史コラム集みたいな(あくまで私の印象です、悪しからず)。

本作は曹操の死によって幕引きとなっていますが、その後継者たちで続編を書きたい、
とあとがきに記されております。
いちファンとして心待ちにするばかりです。

◎陳先生の三国志モノのお約束ゴト◎
・劉備と曹操の地下同盟
・曹丕は赤壁の敗戦を予感していた
・五斗米道の張魯の母親がピックアップされる
・関羽は結構やなヤツ
蛇足でしたでしょうか?割とどの作品にも共通してることなので書きとめてみました。



諸葛孔明 著:陳舜臣
本書のあとがきで
「史上の英雄を、ふつうの人間が小説に書こうとすれば、誇大化か矮小化のいずれかに
おちいりやすい。
できるだけ実像に近いものをさぐり出すには、資料の丹念な吟味が必要であろう」
と著者が書いているように、作中の諸葛亮は史料を考証し吟味した上で、そのイメージを
固められたようで、演義等の物語の天才軍師・諸葛亮とはまた違った人物像になって
います。

そして陳舜臣氏の作品らしく、宗教(特に仏教)の時代への関わり方なども丁寧に
描かれています。
演義での諸葛亮が、星を見るなどして物事をひらめいたり、何かを察知しているのに
対して、本作の諸葛亮は人間を使った独自の情報網を構築して、いち早く物事に対処
出来るようにしているのです。
で、周りから見ると情報網なんかは知らないので
「さすが臥龍先生は素晴らしい知謀をお持ちだ」
とかなるんですね。
そして諸葛亮にスポットを当てた作品の為、物語序盤は諸葛一家の動向がこまやかに
語られています。
こういうところも陳舜臣氏の得意とする、十分な資料から脚色し過ぎないように創作する、
という技が発揮されていて読み応えがあります。
別のところでも書いてますが、陳舜臣氏のお気に入りの人物と思われるサク融もよく
出ます。仏教寺院を建てて人を集め、一時南方に割拠していた人物ですね。
その裏切りぶりから「北の呂布、南のサク融」などと作者は物語中で登場人物に語らせて
います。

物語はもちろん、諸葛亮の死で幕を閉じますが、諸葛亮が曹操ではなく劉備に仕えた理由、
天下三分の計の真意など、人間・諸葛亮の思惑が見事に描かれています。



阿片戦争 著:陳舜臣
文庫にして全3巻、総ページ数は約1800Pからなるこの「阿片戦争」。
読み応えのある一作でした。

1800年代の中国、清朝は道光帝の治世でした。
清朝は外交的には諸外国と絶縁状態であったものの、貿易においては広州限定で開港
しておりイギリスを中心とする数国と交易をしていました。
しかし、清朝としての意識は「遠来の商人の為に、お情けで交易をしている」といったもの
でした。
と言うのもその貿易品内容が、イギリスの輸入品が喫茶の風習が広まっている国内で
必要不可欠といえる茶葉(当時はまだ英国内では茶葉の栽培はされていなかった)で
あったのに対し、中国側は毛織物や時計など無くても構わない奢侈品が大半を占めていた
のです。
結果、イギリスが巨額を以って茶葉を輸入するのに対し、見返りの輸出品が無いために
イギリスの銀貨はどんどん清国内に流れ出ていったのでした。
ところがここに、貿易形態を一転させる商品が現れたのです。
アヘンの登場です。

ここまでが中国国内にアヘンが流行するまでの流れで、ここからがこの小説の始まりです。

阿片の輸入超過で底をつく清国内の銀。
害毒とはわかっていてもアヘンを止めることの出来ない清国民たち。
王朝を維持することに固執する満州人。
中国国土とその尊厳を第一と考える漢人。
軍人や政治家、商人から英国人に日本人と、多くの人物の目でこの「アヘン戦争」が
語られています。

読むのに時間はかかるでしょうが、強くお勧めしたい一作です。
(時代背景等の知識が無くても解説が多いためわかりやすく読めました。)



実録アヘン戦争 著:陳舜臣
小説「阿片戦争」の書き手、陳舜臣氏によるもう一冊の「阿片戦争」。それがこの本です。
本書はそのタイトル通り、小説/物語ではなく(著者の言葉を借りるなら)『読める概説本』に
なっています。

時代背景を説明し、主要人物たちの経歴を語り、また所々で豊富な資料からの引用が
載せられています。人口の記録、阿片の輸入量と価格、登場人物たちの手紙、英人医師の
カルテ記録などなど。
中国とイギリスを軸にアメリカ・ポルトガル・マカオを動かした一大変事を語るために著者は
国と個人、身分、そして国境を越えて想像を超える資料と向き合っていたのだろうなと実感
させられます。

「阿片戦争」を読まれた後に、是非続けて一読していただきたい一冊です。

またこの本は中央公論社から、新書版と文庫版が出ていますが、文庫版にはそれからの
林則徐≠ニいう一章が追加収録されてますので、読まれるなら文庫版の方がお勧めです。


太平天国 著:陳舜臣
『アヘン戦争から七年後、小乱が続き匪賊が横行する、物情騒然たる中国で、洪秀全が
頭角を現してきた。エホバを天父と仰ぎ、清朝を排して世直しをめざす、拝上帝会の
創始者である』
というのが本書の紹介文。

科挙の落第書生・洪秀全は高熱にうなされる夢の中で黄髭黒袍の上帝から「妖魔を
下界から駆逐せよ」と命ぜられたと言い、その上帝=エホバを天父、そしてイエス・キリストを
天兄と呼び、自らはエホバの子、キリストの弟であると称します。
そしてキリスト教の布教活動によって、現状の清朝に反する一党を築き上げていきました。

中国南西の広西で決起したこの集団は、中国南部の要所を次々に攻め降し太平天国と
言う国を建てます。あくまでキリスト教を基とした、万民の平等・脱封建を謳った国家ながらも
位階制度、選妃活動など理想と相反する、中国の旧王朝と変わらない一面も内包している
不思議な国家でした。

さらにはその勢力が大きくなるにつれて、太平天国内にも権力抗争の火がおこるのでした。
天王・洪秀全(あくまで国家のトップ=皇帝はエホバなので皇帝とは称さない)は宗教活動
への熱は高いものの、国家運営・軍事の実務などは配下に任せっきりになっていたから
です。

中国人キリシタン一党による宗教国家と言う、不思議な、かつ激しいエネルギーを持つ国の
興亡の物語。是非、一読していただきたい一作です!かなりオススメですよ!

追記:全4巻の講談社版で読んだんですが、1・2巻に地図が載ってないのがちょっと不親切
かなって思いました(3・4巻には載ってましたが)。


旋風に告げよ 著:陳舜臣
本作は明末清初の人物、鄭成功を主人公とした物語です。
ただ物語のスタートは大陸ではなく、同時代の日本、つまり江戸時代の長崎を舞台に始まり
ます。
この始まりのくだりはミステリー作家・陳舜臣の一面を感じさせられ(歴史モノしか読んでいな
い自分には)やや違和感のあるスタートでした。まぁ詳しくは読んでのお楽しみと言う事で。

簡単に時代背景を説明しますと、時代は明朝末期、国内は農民反乱を率いる李自成によっ
て動乱を迎え、国外では北方の満州族国家・清の脅威が迫っていると言う状況。

鄭成功の父親・鄭芝竜は海賊兼貿易商の出身ながらその海軍力によって明国の地方司令
官となり、確固たる力を持っていました。しかし明国の行く末を見極めなければ、せっかく力を
蓄えた鄭家も崩れ去ってしまうと判断をしなければなら無い時代だと考えます。

そこで鄭芝竜は鄭家軍団をふたつに分け、明清のいずれが勝利を収めることになっても鄭家
が存続できるようにと考えます。
すなわち自らは清に投降し、鄭成功を明に残すという事。
清は騎馬民族国家であることから陸上戦は無敵の力を持っていましたが、中国南部に亡命
国家を建てている明を平定するには水軍がどうしても必要。つまり鄭家の軍団は目の前の大
敵に当たるには格好の戦力。一方、中国の北半分を失った明国はというと、こちらも軍事力は
少しでも多く必要な状況にあるためやはり鄭家の軍は喉から手が出るほど欲しいというところ。

こうして鄭芝竜は清へと投降しますが、ここで予想をしないことが起こります。それは息子・鄭
成功が滅亡が明らかとなったような明国に心からの忠誠を誓ったという事。
これ以降、鄭成功は清を駆逐し、明国を再び復興させることを目標に戦いつづける人生を送る
ことになります。

たびたびの挫折の果てに鄭成功がたどり着くところは・・・。

鄭成功モノの小説ってこれで初めて読んだんですが、性格付けがすごくしっくりきましたね。
読む前は勝手に“高潔な人”ってイメージを作ってたんですが、こういう激情的な人物という
のも良いなと思わされましたね。

ちなみに講談社文庫の「旋風に告げよ」と、中公文庫の「鄭成功 旋風に告げよ」は中身は
同じ物のようです。私は講談社文庫版を読みましたが。